私はときどき、仕事や人と関わるときなどに別人のように振る舞う事がある。
Yes? or No?
仕事では明るくて、人と関わるときは共感的で、家に帰ると一言も喋らない。
どれが本当の自分でしょうか?無理をしていませんか?
冒頭の問題で「Yes」と答えた方は気を付けることがあります。
演じる能力は問題を避けたり、成功をおさめる上で必要な能力ですが、その反面、ストレスで自分を見失い、すべてが台無しになる可能性があります。
「自分を演じることがある」「自分に無理をしている」という方に心理学的にその理由とメリットデメリット、対策をお伝えします。
自分を演じる「3つの動機」
人の行動を動機づける要因は主に3つあります。
- 遺伝的動機
- 社会的動機
- 個人的動機
遺伝的動機
遺伝と性格の関係はパーソナリティ神経科学の分野で研究が進められています。
遺伝的動機は、生まれ持った”気質”から生じます。
気質とは木彫りのクマを性格に例えた時の原木です。
遺伝的動機は赤ちゃんの頃からみられます。
周囲の刺激に対し興味をどの程度示すかどうかは遺伝的要素であり、大人になると”刺激に惹かれた赤ちゃんは外向型”に、”遠ざかるような赤ちゃんは内向型”になると言われています。
内向型は平常時の覚醒レベルが高く、刺激に対して反応が強いです。
外向型は平常時の覚醒レベルが低く、刺激に対して反応が弱いです。
それは、唾液の分泌にも表れ、刺激に反応の弱い外向型は唾液量の分泌が少ないことで虫歯になりやすい事が分かっています。
他にも生物学的な要因は性格と関連しています。
例えば、協調性が高い人は「オキシトシン」のレベルが高い事が分かっています。
オキシトシンは不安やストレス、暴飲暴食を抑制したりしますが、出産や授乳時に必要なホルモンであり、愛情や人間関係などにも関与しています。
実際に以下のような実験もあります。
カップルに実験室で悩み事を話し合うように指示し、その様子を撮影する。
事前に被験者のオキシトシンの分泌をコントロールする遺伝子変異体があるかを測定。
撮影した内容を部外者に20秒間見せて、パートナーの悩みを聞いている被験者にどれくらい共感力や思いやりがあるかを評価させた。
結果、特殊なオキシトシン遺伝子があった方が、悩みを聞く時の共感や思いやりが高いと部外者から評価された。
このように、オキシトシンは母子の愛情や、学校や会社など、集団生活の中で人間関係を築いていく社会的行動にも関与しています。
自分を演じることができるタイプの方はこの傾向が強いのではないでしょうか。
社会的動機
集団生活を営む以上、文化や規範に行動は左右されます。
私たちは幼いころから集団生活や周囲の行動を見て学んできました。
そして、「社会的に適切な振舞い」を繰り返し行い、場に適応できた方が優秀だとされてきました。
この社会性は国民的文化でも違いがあり、アメリカは外向型が高く評価され、アジア諸国では周囲に合わせて目立たないことが美徳とする文化があります。
では、単に私が外向性に切り替えてアメリカ人のように会社で振る舞ったら、一週間で周囲から避けられる対象になるでしょう。
事実、勇気をもって前に出るものは批判され、従順で寡黙な人は持てはやされる。
それゆえに変革力は遅れを取ってしまう。
「出る杭は打たれる」は社会的文化の影響も大きいのでしょう。
自分をその場に応じて演じることができる人は感受性が強く、社会性に合わせて振る舞うことができます。
しかし、「内向的な人が明るく振る舞う」ような遺伝的動機と社会的動機が相反するとき、内心では苦痛が伴っているのではないでしょうか。
個人的動機
この動機は生活するうえでの計画、目標が反映されます。
生物的な遺伝要素でも社会的に求められる部分でもない、3つの動機の中でも「自由に変化する特性」があると言えます。
無理やり例えるなら、クマが咥えている魚の部分です。
マズローの欲求5段階説というのを聞いたことあると思います。
以下の画像の「内的欲求」と考えると分かりやすいのではないでしょうか。
本当は、どんな集団に所属して、どんな愛情を感じて、どんなふうに認められて、どんな自分になりたいかという「どんな」という部分が個人的動機なんだろうと考えます。
これらのように性格と求められる動機はそれぞれ違い、いろんな側面から振舞いを演じています。
潜在的な自分
行動にそれぞれ3つの動機があることはわかりました。
しかし、必ずどれかに従っている訳でもありません。
特に、何かを遂行しようとしている時はそうと言えます。
例えば、普段から静かで落ち着いた介護士さんがレクリエーションを盛り上げるためにカラオケを歌いました。
人前で歌うのは苦手だし、自分がやりたいとも思ってない、周りの人に言われたわけでもない。
でも、それに周囲からは驚きと笑いが起こり、大いに盛り上がった。
この行動はレクリエーションを盛り上げるために行った行動です。
前回の記事では人は「生まれ持ったパーソナリティを越えて行動する能力を持っている。」と書きました。
まさに、この行動がそうで、「潜在的な特性が表に出る」場合の行動です。
演じることのメリット
演じることで求められる動機を満たすことができます。
自分の好き嫌いや社会的評価、満足感などを満たすために自分を演じます。
また、”演じる舞台を選ぶ”ことが出来たらさらにメリットがあると思います。
なぜなら、「遺伝的パーソナリティ」と「環境」が一致すると成功するといわれているからです。
この考え方にアメリカの心理学者アーサー・R・ジェンセンの提唱した「環境閾値説」があります。
これは、ある人間が遺伝の影響を受けて才能を開花させるためには、必要な環境が一定水準(閾値)与えられることが前提であるという考え方です。
体型や知能は遺伝要素も大きいですが、外国語の習得など成績を伸ばすには環境が閾値を超えてなければいけないという事です。
今演じているその行動が意義のあることを成し遂げたり、成功をおさめたりすることができるかもしれません。
演じることのデメリット
仕事などで「すごく嫌だな」と感じていても笑顔で我慢した経験があるかもしれません。
本当は内心怒りや悲しみでいっぱいだった。
その時、すごく辛かったのではないでしょうか。
自分を演じるとはそういう事です。
ストレスが強くかかり、幸福度に影響します。以下の記事でも実験でそれが分かっています。
自分を演じている時、動機があると思います。
その行動を好ましく判断されると、周囲から評価を受けたりします。
しかし、演じることに代償が伴います。
周囲の良い評価で嬉しくなり、ストレス感覚がマヒしてします。
そして、自分を無理に演じ続けてしまいます。
結果、慢性的なストレスを受け続け、燃え尽きてしまったり、気付いたら立ち直れない程度まで追い込んでしまいます。
ストレスから解放されるための対策
自分を回復するための場所を持つ
他人に好まれる姿を演じてしまう人は「自分を回復するための場所」を持つことが大事になります。
下手にストレス解消しても、癖になっていて周囲を気にしたり、結局は行く先々で演じてしまう事があります。
普段生活している中で、「この場所だけは落ち着くな」と感じる場所を3つ挙げてみてください。
そこが、心から休まる場所になっているかもしれません。
その休まる場所が無くなるか、入れなくなることを軽く想像してみてください。
もしも、嫌だと感じたならちゃんと「回復する場所」として機能しているのでしょう。
私は「ベッドの上」と「お風呂」と「実家」です。
ぜひ、回復する場所を3つ想像してみてください。
安心できる場所で発散
「自分を回復するための場所」にいれば絶対に大丈夫とも言えません。
その場所は自分の精神的な安全を確保している場所です。
安心はするかもしれませんが、回復するための行動も別途必要です。
内向的であれば音楽を聴いたり、ぼーっとする。
外向的であれば歌を歌ったり、話をするなどです。
特に外向的な場合、じっとしていればいいものでもありません。
例えば、家にいるより親しい人とファミレスで話している方がストレス発散になる場合、その空間が回復できる場所として機能しているとも言えます。
私も音楽を聴く時間は回復できる行動ですが、通勤中や料理をしている時など状況を問いません。
音楽を聴いて浸っている時間がとても有意義です。
本当の自分、誰のための性格?
演じることでいろいろな役割をこなしています。
しかし、”どんな自分を演じていても、演じているのは自分”です。
それを見失うと危険な状態とも言えます。
大切な人を傷つけられたとき、抑えきれない怒りがこみ上げてきます。
この時は、明確な動機は無く「誰かのための自分」であることに気付きます。
たまに、役にどっぷりと入ってしまい、普段とは違う性格や行動をとってしまう俳優さんもメディアを通じて見かけます。
その時の内容は悪いニュースであることが多かったりします。
「自分が自分じゃないみたい。」という言葉は「生まれ持ったパーソナリティを越えた」瞬間でもあって、「自分という感覚が乖離している瞬間」かもしれないです。
生まれ持った自分も演じている自分も状況に合えば、意義のあることを成し遂げたり、成功を収めたりすることができるかもしれません。
ですが、どんな時も自分である事、帰る場所を確保しておくことを大事にしておいてください。
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